デュシャンの子供たち -23ページ目

11日目:手紙とバナナ

11日目です。左が元絵、右が新人君こと、金木犀さん。いつもの彼くんは返事がありません。手紙に羽が生えているのは、いつもこの連絡をする時のわたしの携帯のメールを送信中の絵がこんな感じなのです。金木犀さんからは絵と一緒に次のようなメッセージがありました。。「今夜は樹液シートを貼りつつ。きょうはいい一日でした。ひとつ課題をクリアした気が」実りの多さ、が絵となって現れたのでしょう、テレパシー受信ではありませんが、心象風景としては素敵ですね。バナナの本数がもっと増えるといいなと思います。

不思議な力は普通の力

ここらでひとつ、はっきりとありそうな誤解を解いておく必要があります。
まず、ウチュウジンは決して特別な能力を持った人という事ではありません。
空中浮遊が出来たり瞬間移動ができたり透視ができたり予知ができたり
オーラが見えたり除霊ができたりする人がウチュウジンというわけではありません。

単に私とその周囲にいるウチュウジンにそういう能力を持っている人が
いるというだけのことでウチュウジンでも通常のチキュウジンと同じ程度に
しかこれらの能力を閉ざしたままの人のほうが今までは多かったのです。
私のように、ある程度閉じておくことでなんとかチキュウに適応しようと
する人、或いはチキュウジン並みにとじた状態で生まれてくる人も多いのです。

全く鈍いウチュウジンもいるだろうし、第六感が優れたチキュウジンもいます。
ウチュウジンは魂の種類をさす言葉です。
私達のいう、ウチュウジンとは、別の故郷の星から、むしろ地球より
高度なより高い波動からある種の目的をもってここ地球にやってきた
魂という、ことで、何かの能力を基準にしているわけではありません。

自覚しているかどうかは別として、ウチュウジンは皆、
ある程度ウチュウジンだという覚醒が近いと、これらの能力を
普通にあることとして受け入れている事が多いです。
特別に強固に閉ざしているケースでは「科学的に検証できないものは
信じない」という非論理的な信念を持っている人もたまにいらっしゃいます。
大抵、覚醒が促されてくるとその人のペースに応じて、この手の力が
解放されるケースをよく見聞きはします。

いずれにせよ、少々不思議な能力があるからといって、それはたいした
ことではありません。ちょっと視力がいい、とか、
走るのは早いという程度のことと同じなのです。
オーラが見えるから、えらいというわけではありません。
人の未来が見えるからと得意にもなるほど愚かではありません。
むしろ迂闊なことを口にしないよう細心の注意を払い、他人に
嘘の情報を伝えてはいないかと気をつけたりします。
ウチュウジンはこの能力を使って他人をコントロールしたり
優越感に浸ったりするような感覚を持ち合わせていません。

現実を認識するツールが多いだけなのだとご理解ください。
視力や言葉の把握と同じで、その能力を通して何を受け取り
何を感じ、どのように思うかが大切なのです。
ただ、私達は、実際に現実を把握する方法として様々な能力を
持っている場合がありますが、他の人が自分の持ち得ない認識力を
持っていることを驚きもしないし、そういう人もいるのだろうと
そのまま受け止めています。


地球人を斬り捨てるわけじゃなくて包含する

最近目覚めたばかりのウチュウジンの言葉より

きょう、自分のスタンスが見えたんです。
わたし、宇宙に向かって言葉を放とうと思います。
大気に溶けていく言葉を、と思ったのはたぶんそういうことだ。

表現が適切でやさしければ、地球人にもそれなりに届くはず。
わたしが言霊を届けたいのは地球に生まれた宇宙の方々だってこと、
きょうやっとわかったよ。

地球人を斬り捨てるわけじゃなくて包含する、
という考えに到達するまで長かったけど。
たぶんこれでいいのだと思ってる。
あーん、開かれてくると途端に日本語がおかしくなるの。許してね。

わたしも主要ウチュウジンのみを大事にしようと思います。
物質的に離ればなれになっても、つながってることがわかるしね。

宇宙のリボン

とあるウチュウジンの言葉。

宇宙は離れても私が言うのが正しければ
『リボン』でいつでも。みんなに言える

次元の階層が変わると、この地上では物理的には会話が出来ても
波動のレベルではすれ違ってしまうという現象が起こります。
少しわかりにくいけど、沢山会話をしても少しも通じない、と
言えばわかるかな?

最近地上での波動は顕著に階層が強くなりつつあります。
ここ1,2年で大きく「道」のようなものが分離する、
そういった予感がします。そしてここでさようならを
言った相手にはもう会えないという予感がします。

しかし、この踏み絵のような宇宙の分かれ道で
同じ方を選んだ同志は、もし、もし離れ離れになったとしても
同じ宇宙に住む人同士は距離も時間も関係なく、
リボンの両端を結ぶように、いくらでもまた会える。

だから一時離れ離れになることを少しも恐れなくてもいいのです。

しぼるタイミング

しぼってみると、答が出るね。
言うべき言葉を言うのは
チキュウではっとても大切だね。

「思うチカラ」よりも
「言霊」は絶大な力を持っている。

しぼることで、手放すものが見え、
勇気を出すことで、愛が見える。

孤独を恐れるのをやめると、
孤独でなくなるんだ。

だから1人でもたてるし、
1人じゃないと知っているから
ピンで動けるんだよ。

かなり傷つけたけれど、きっと、
それを受け止めてくれる人たちに
囲まれていることを私は幸せに思う。

おはようございまーす!

私は前述のような父の暗示のおかげか、「見る」力は決して強く
ないので、友達の霊が遊びにきてる、とかあまりわからないのですが
白玉(仮名)くんによると、わたしは彼のおうちに毎朝5時に
お気に入りのジャケットを来て「おはようございまーす!」と
現れるのだそうです。かなり迷惑なヤツですね。

あまりわからないとはいえ、相手の波動が強烈な場合はわかります。
例えば白玉くんと仲の良い先輩の顎さん(仮名)は何度かいらした
としか思えない印象があります。ちなみに私は顎さんと面識はありま
せんが、彼もどうやらウチュウジンらしく、幼少時強力に霊能力が
ありすぎて、家族に誤解され精神科に入院させられたという気の毒な
経験がある人です。ウチュウジンは心の病気ではなく、個性ですので、
精神科に入院しても決して治りません。
せいぜい治せるのはウチュウジンのせいで、生じる人間関係の不和に
よる神経症や寂しさから起こる依存症、拒食などぐらいでしょうか。
これらは全てチキュウジンだってなる普通の病気です。

ウチュウジンであるという事実は治せませんし治すことではないです。
運悪くウチュウジンの存在を理解できないチキュウジンに囲まれて
自己崩壊を侵してしまい、精神に障害を起こウチュウジンは沢山います。
顎さんは生きる力の強い人で、聡明だったので巧妙に脱出できて
本当によかったと私は思っています。

話を戻して、顎さんの出現はどうやら面識はないものの、白玉くんの
口からエミリオの話題が出たので興味を示して遊びに来たらしいです。
テレビのやや上空にデンデロデロデーンといった感じで、
網模様というか、スネーク柄の半分透過レイヤーの向こうに、
薄暗い中、すーっとたっておられます。上の画像を参照ください。

という気がした、と、白玉くんに言うとこともなげに
「あぁ、顎さんはうちでもそうやって遊びにくるよ、網戸越しだよね」と
かる~く言われてしまいました。
電波に乗って出現するのが得意なのだそうです。
やっぱり霊って電波に乗りやすいのかなぁ(笑)

幽体離脱

体の外に出られるか?という話の続きです。
体の外に出るというと、よく言われているのが幽体離脱。
これはどういうものかというと、肉体から幽体と呼ばれる
肉体以外の魂の一部を飛ばす、という事のようです。
魂は、言い換えればオーラの体という見えない体があって、
これは何層にもなっています。そのうちの一部でもっとも
顕在意識に近い部分がそこまで飛んでいくというのが
近いかもしれません。

私は幽体離脱は記憶は全くありません。
唯一あるのが「戻ってくる所」です(笑)
眠っていて、今体に戻ってくる、という瞬間目覚め、記憶があって
頭の頂点からすーっと肉体に入る感覚がありました。
戻ってしばらくは「肉体とちょっとズレてるな」と思いましたが
しばらくするとなじんでしまい、区別はつかなくなりました。

コレも決して夢ではありません。
私は夢の世界とこちらの世界の区別はかなりはっきりつくのです。
また機会があれば別項でご紹介しますが。

もっとはっきり幽体離脱する人がいて、彼女の話によると、
自宅マンションで寝転んでいる時、体が天井まで上がってしまい
そのまま天井を突き抜けて上の階の人の部屋まで行ってしまうそうです。
ですから上の階の人の部屋の内装やなんかは全部知ってるのだそうです(笑)
で、「昨日エミリオが遊びに来てくれた」とか言います。
大体そういう場合、その時間帯に少し彼女のことを気に留めたり思い出したり
している時間と一致している場合もあるし、全く思い当たらないこともあります。

風邪の幽霊

胸の上に限らず、幽霊は私にとってものすごく怖かったし、
恐怖マンガや現実のニュースの恐怖、戦争、病気など
とかくこの世は恐怖だらけでした。
しょっちゅう幽霊を見ていたわけでは決してないのだけど
お風呂で目を瞑るのがとにかく怖いのです。
目を瞑るほうが見えそうで、とにかく怖い。
なぜかお湯に漬かっている時、お風呂の窓の外は
とてつもなく怖く、小学校に上がる頃になると
「あれは見間違いだ、タオルが揺れたのだ」
とか、なんとか現実的な理屈をつけることにやっきになっていました。

ある日、お父さんに「幽霊が怖い」といいました。
そうすると敬虔なクリスチャンだったお父さんが
優しく抱っこをして言ってくれました。

「幽霊はお父さんには見えないんだ、でも怖がる必要はないんだよ、
だって神様はね、本当の信仰を持った人は守ってくれるから
怖くないんだよ。お父さんは本当の信仰があるから、家族も
一緒に守られている、この家は守られているからね、
もう怖がる必要はないし、幽霊はもう見えないし近寄れない。」

わたしはそれ以来、外側の目では殆ど見えなくなりました。
わたしは父の言葉に安心し、その日からちょっと怖いながらも
お風呂で目を閉じれるようになりました。

その後、3年生ぐらいだったでしょうか。
やはり同じような高熱を出し熱の周期が同様に苦しいパターン
だった時、幽霊はもう見えませんでした。
その代わり、額の内側にまるいおせんべいのようなやわらかく
ザラザラした白っぽいものが見えます。
苦しい周期にはそのおせんべいはグチャグチャになって、
ザラザラに黒い点がいっぱい混じります。
私は熱にうなされながら、
「これはかつての幽霊と同じものだな」と確信していました。

私は現在にいたるまで、ビジョンの殆どは
この額の内側の映像として観察することが一番多いのです。
そしてそれはどうやら、外側で現実の目で見るように見える人の
話とかなりの精度であっているようです。

体の外に出られませんか?

前回の「せ、狭いっ」の記事に関して、「体の外に出られませんか?」と
素直に聞いてきた方がいます。彼は私のウチュウジン友達で、前世でも
濃いお付き合いをしていた人です。一般のチキュウジンからすれば
耳慣れないかもしれませんが、私達にとっては、前世もウチュウジンも
魂も、概念でも妄想でもなく、普通に日常の出来事のひとつに
過ぎないので、このブログでは普通にこういった言葉がどんどん出てきます。

彼は私よりもより開かれた状態で人間をやっているウチュウジンといえば
いいでしょうか。簡単にいえば、彼は「体の外に出られる」のです。
実は私達は皆、体の外に自由に出入りできます。
誰もが自由に出入りしていますが、意識していないか、憶えていないかの
どちらかだというのが私の現在での認識です。

私は子供の頃はどうやら自由に出入りしていましたし、
幼少期は40度前後の高熱をしょっちゅう出していたので、
あまりに体が苦しい時はちょっと外に出て、外から自分を眺めると
いうことはしていたようです。
なぜそう思うかというと、私の記憶の中に、「外側から部屋を見ている
としか考えられない視点の記憶」が幾つかあるからです。
妄想ではありません。私は記憶力は普通の人より良いのです。

幼稚園ぐらいだったでしょうか。
高熱で苦しんでいると部屋の左側の端に顔に砂をまぶしたような幽霊が
立っています。熱には周期があって、胸が苦しいリズムの時に、
その幽霊は私の胸の上に乗って、胸をかきむしるので、とても苦しい。
顔は更にあばただらけのザラザラで汚れた着物で。
しばらくガマンすると楽なリズムの間、左側でもう一度私の胸をかきむしる
べく、待機しています。それを何度も何度も繰り返します。

なぜか両親には言ってはいけない、と思っていました。
本能的に私はこういった「自分にしか見えていないもの」の事を
人には言わない方がいいと心得ていました。

これは夢ではありません。私には本当にそう見えていました。
そして最近になって気がついたのですが、私の視点は自分の体の
外側にあるので、つまり「胸をかきむしられる自分を観察している」自分と
苦しむ自分のふたつの自分が同時にあったという感覚だったという事です。

これは「外側に出る」というわかりやすい事例です。
そして同時に私は子供の頃は肉眼レベルでかなり見えていたのです。
いつでも、というわけではありませんがかなり見ていました。
そしてあまりの恐怖によく泣いていました。


テレパシー10日目:魚とお箸と蝋燭

昨日は諸事情で実験はお休み。一日抜けましたが実験再開。被験者達も結構楽しみにしてくれているようなので楽しいです。今日の題材は何にしようと考えるのも楽しいです。最初は無機的なシンボリックなものを主にしていましたが、まぁ今もできるだけシンプルな形を選ぶようにしているのですが、今日は前回に引き続き生き物です。左が元絵、真ん中が元々の彼、右が新人くん。君たちそろそろ名前決めない?(笑)全然当たってませんねっ(笑)新人君が少し近いフォルムを取っています。どうも最近目覚めた趣味が心象風景となって現れたのではないかと推測しております。先輩くんの方は実験直前までに某所でいたしたお食事の風景のほうが鮮明に心に残っていたようでこれは受信以前のようですね(笑)テレパシー実験、案外これは「集中力」が試されるようです。送る方もボーっと気が抜けないようにするのは結構大変。リラックスリラックス。